大判例

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大分地方裁判所 平成4年(ワ)267号 判決

大分県宇佐市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

鈴木宗嚴

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

丸山隆寛

右訴訟復代理人弁護士

藤井信孝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金三一四〇万〇五六四円及びこれに対する平成四年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、証券会社である被告との間における株式の信用取引に関し、被告の営業社員に違法行為があったとして、その使用者である被告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償を請求した事案である(予備的に無断売買を理由とする委託保証金の返還請求)。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は、有価証券の売買、有価証券の売買の媒介、取次ぎ及び代理ならびに有価証券市場における有価証券の売買等の委託の媒介、取次ぎ及び代理等を主たる目的とする会社であって、東京証券取引所の正会員である。

(二) 原告は、平成元年一二月二九日、被告の大分支店において、信用取引口座設定約定書を差し入れ、同支店との間で信用取引を開始した。

(三) B(以下「B」という。)は、右支店の営業課長であり、原告との取引を担当していた。

2  東京急行電鉄株(以下「東急株」という。)について

(一) Bは、平成三年三月初めころ、原告に対し、東急株の購入(以下、取引について特別の記載のない限り、信用取引を意味する。)を勧め、原告は、右勧めに応じ、同年三月六日、二万株(一株一六七〇円)を三三四〇万円で、同年四月二日、二万株(一株一五〇〇円)を三〇〇〇万円でそれぞれ購入した。

(二) 平成三年五月二九日、新聞等で「広域暴力団○○会のC前会長が平成元年四月から一一月にかけ、被告を通じて東急株を大量に買い付け、買い集め末期以降に○○会に対し、野村ファイナンス等が多額の融資をしていた。東急株は、平成元年一〇月中旬から一ケ月間に最高三〇六〇円まで上昇した後、株価は下がった。」との報道がされた。平成三年五月二九日の東急株の安値は一三〇〇円であった。

(三) その後、原告は、右東急株を売却することなく決済期限日が到来し、現引き処理(顧客が購入代金の金額を返済して株券を引取る決済方法)がされた後、平成三年一一月二九日、合計三八六六万九六四二円で清算処理がされた。

3  井関農機株について

(一) Bは、平成三年四月五日、大分市内の法律事務所を訪れていた原告に電話をかけ、井関農機株の購入を勧め、原告は、同日、七万株を一株七〇〇円、合計四九〇〇万円で購入した。

(二) その後、井関農機株は下落を続け、平成三年一〇月四日、現引き処理がされ、管理費五一五〇円、支払利息二二五万二九二六円等を含め、原告から被告に対して合計五一五三万四八八八円の支払義務が発生した。そして、同年一一月二六日に六万三〇〇〇株(うち五万四〇〇〇株の一株単位四八二円、九〇〇〇株の一株単価四九〇円)、同月二七日に七〇〇〇株(一株単価四八一円)が売却され、同年一二月二日に清算がされ、清算金額は合計三三四六万四六八二円となった。

二  当事者の主張

(原告の主張)

1 証券会社の責任

証券会社は、市場の正常な価額形成機能を保持する責任と市場仲介者としての中立性、公正性を確保すべき責任を負う(証券取引法一条)。したがって、証券会社やその使用者は、営業成績をはじめとした自己の都合によって、市場仲介者としての中立性、公平性に反した取引を行なってはならない。そして、証券会社やその使用者が市場仲介者としての中立性、公平性に反した取引をし、これによって顧客が損害を被った場合には、その損害を賠償する責任を負う(平成三年法律第九六号による改正後の証券取引法五〇条の二第三項、平成四年法律第八七号による改正後の同法五〇条の三第三項、平成三年大蔵省令第五五号による改正後の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条)。Bの本件行為は右改正前のものであるが、右改正後の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条が「事故」に該当するとして列挙する行為は、過去の事故事例を分析したうえで、証券会社に損害賠償義務を負担させるに足る違法行為を整理したものであるから、民法上の不法行為の違法性判断の基準となり得る。

2 東急株について

(一) Bは、平成三年三月初めころ、原告に対し、「面白い銘柄で必ず上がる。」という趣旨のことを述べて、東急株の購入を強く推奨した。その後、同年五月二九日、前記一2(二)の報道がされたことから、原告は、東急株保有者が売却に走り、株価が下がると判断した。そこで、原告は、Bに対し、自己が保有していた東急株を一刻も早くすべて売却したい旨申し入れたところ、Bは、「暴力団が仕手合戦にからむようなダメな会社だからいいんです。MアンドA(企業の合併及び買収)にからむ銘柄としてこれから株価は必ず上昇します。暴力団が買い占めた株を会社側が買い戻さなければならないから、MアンドAにからむ銘柄としてこれから株価は必ず上昇します。これからが勝負ですから、絶対に売らないで私に任せてください。」などと答えて、原告に売却を断念させた。その後もマスコミで東急株の報道がされるたびに、原告は、Bに対し、東急株の売却を依頼したが、Bは、その都度、「MアンドAで必ず上がるので任せてください。」と説得し、原告に売却を断念させた。

(二) 証券会社は、市場を取り巻く政治、経済状況はもとより、各会社の財務内容等の分析につき、その豊富な経験、情報、高度の専門的知識を有している。そのため、一般の顧客は、証券会社の推奨にはそれなりの合理的理由が存在するものと信じて投資決定をする。また、証券会社は、右信頼を獲得しているからこそ、その営業活動を拡大できることになる。したがって、この顧客の信頼は、十分保護に値するものであり、証券会社が顧客に対し、証券取引の勧誘をするにあたっては、合理的な根拠のない事実または意見を述べてはならず、同様に、このような合理的な根拠のない事実又は意見を述べて、一旦購入した株式の売却を断念させることも許されない。

(三) ところが、原告から東急株の売却を依頼されたBは、前記(一)のとおり、原告に対し、株価が騰貴するとの主観的恣意的な断定的判断を提供(証券取引法五〇条一項一号)として、原告に同株の売却を断念させた。しかも、本件では、東急株の相場に関する不安材料の原因に被告自身が関与していたのであるから、被告の従業員であるBが、内部の情報を熟知しているかのような主観的恣意的な判断を提供することは、証券取引における外務活動において、一般に許されている範囲を越えた違法性の極めて高い行為である。したがって、被告は使用者として不法行為責任を負う。なお、Bの右行為は、現行の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条三号の「顧客を誤認させるような勧誘をすること」、同条五号の「その他法令に違反する行為を行なうこと」に該当するが、これらは、証券会社に損害賠償義務を負担させるに足る違法行為を過去の事例分析に基づき、整理したものであるから、右行為の違法性を判断する際の基準となる。

3 井関農機株について

(一) 市場集中義務違反

(1) 井関農機株は上場株式であるが、東京証券取引所及び大阪証券取引所の正会員は、上場株式(有価証券)を証券取引所の市場外で売買することはできない(東京証券取引所定款二三条、大阪証券取引所定款二三条)。被告のように右両証券取引所の会員である証券会社は、顧客から銘柄、株数、株価を明示した買注文を受けた後、その注文を取引所に連絡し、取引所で売買を成立させる義務を負い、証券会社が保有している株式を顧客に売り渡すことは許されない。

(2) Bは、平成三年四月五日午前一〇時ころ、大阪証券取引所で井関農機株七万株を七〇〇円で見込み買付けしたのであるから、右買付けが被告の計算で行なわれたとすれば、その後の同日午後二時ころに行なわれた原告に対する買付けの勧誘は、被告が同日午前一〇時ころに大阪証券取引所から買付けて既に保有していた株式の購入を求めたものであり、取引所会員証券会社の取引集中義務に違反する。被告の主張によると、同日午後二時ころの井関農機株の証券取引所における株価は七二〇円位であり、証券取引所における株価と、原告、被告間の売買価格との価格差が発生しており、そこに証券取引所とは独立した相場を形成させているのであって、このような株価の点からも、Bの右行為は、取引集中義務に違反した違法行為である。

(二) 呑み行為及び仕切売買

(1) 「証券会社は、有価証券に関する同一の売買について、その本人となると同時に、その相手方の取次をなす者又は代理人となることができない(証券取引法四七条)。」証券会社は、取次等を受託した以上、それを忠実に履行しなければならず、自らその委託取引の相手方となって仕切売買をすることはできない。証券会社自身が相手方となって市場外で売買等を成立させ、顧客に対し、あたかも注文どおり執行したとみせかけて決済を済ませる行為は禁止させる(東京証券取引所定款二三条)。この行為は市場集中原則に反し、公正な価額形成を歪めるおそれがあるためである。また、顧客の委託注文に対し、証券会社の自己計算による売買を付け合わせる「仕切バイカイ」は、呑み行為に該当するおそれが強く、時間優先の原則にも反することから禁止されている。

(2) 本件において、Bが原告に対して井関農機株の購入を勧めたのは、平成三年四月五日午後二時ころであり、Bが勧めた井関農機株七万株は、被告の大分支店が自己取引によって同日午前一〇時ころに取得していたものである。したがって、Bは、同日午後二時ころ、証券取引所を通すことなく、既に被告が取得していた井関農機株を原告に購入させたことになる。原告に購入を勧めた同日午後二時ころの証券取引所における井関農機株の株価は、同日午前一〇時ころの証券取引所における株価とは異なっており、井関農機株については、東京や大阪の証券取引所で全く違う価額の市場が存在していたことは明らかである。したがって、同日午前一〇時ころに被告が一旦取得した井関農機株を同日午後二時ころに原告に売却した行為は、同日午後二時の時点において、証券取引所を通じた取引ではないから、呑み行為あるいは仕切売買に該当し、時間優先の原則にも反する。

(三) 過度の勧誘行為

(1) Bの原告に対する井関農機株の勧誘は、証券取引法が禁止行為として定めている、専ら現に保有している特定の銘柄の有価証券の売付けを目的として、その有価証券の買付け等を過度に勧誘する行為に該当し、違法である(現行の証券取引法五〇条一項六号、現行の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」二条一一号、旧証券取引法五四条一項三号、旧「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条七号)。本件において、Bは、平成三年四月五日、大分市内にある法律事務所で打ち合せを行なっている原告に架電し、「とにかく買ってくれ、本部がまとめて買ったもので絶対いいから買ってくれ。市場では七二〇円から七三〇円のところを、七〇〇円でいいから買ってください。」と強い口調でまくしたて、法律事務所で打ち合せ中であるから考える時間が欲しいとする原告に対し、「今返事してください。」と有無を言わせぬ口調で迫り、原告に考える余裕も与えずに購入の了解を求めたもので、過度の勧誘行為に該当する。

(2) 右のように、過度の勧誘行為がされたのは、証券会社が見込買付けをした株式について最終的な引受手がいない場合、被告の大分支店の営業成績の低下に直結するうえ、このような場合には、理由書を書いて買付けの取消しを行うことになるが、このようなことは無条件にできることではないうえ、理由書には、指し値の注文を成り行きで行なったというように、真実とは異なる理由付けを記載しなければ取り消すことができないことから、Bとしては、同支店の営業成績の低下に直結するだけでなく、虚偽の理由書に基づく取り消しという事態を避けるために、何としても、買付けをした井関農機株を原告に購入させなければならない必要に迫られていたためである。

また、当日の井関農機株の買い注文の市場に関する被告の市場占有率は五割を超えており、買い注文の気配は被告自らが意図的に生じさせていたことが伺われる。そして、当日の被告の会社本部における営業方針は、証券市場に井関農機株の買いの気配を生じさせることが中心となっており、被告は、全国の支店に井関農機株の買付けの指示を出したうえで各支店にノルマを課し、大分支店も被告からノルマとして一〇万株が割り当てられ、Bは右ノルマを果たすために、井関農機株の購入先を必死に探していた状況にあった。とくに、Bが、原告の居場所を探し、法律事務所に電話をかけた前同日午後二時には、取引終了時刻である午後三時が迫っており、Bは必死に購入先を探し回っていた。すなわち、井関農機株は、いわゆる「仕切り玉」(顧客からの注文がないにもかかわらず、証券会社が先に注文を出して株を仕入れておくもので、支店が売買手数料の成績を上げるためのものと、支店を統括する本部が成績を上げるために買い注文を出し、各支店に割り当てるものがある。)の典型例であり、原告の所在を探し出したうえで、いわゆる「はめこみ」(強制的に割り当てられた株を無理やり購入させること)をしたのである。

(3) しかも、東京証券取引所における前同日の井関農機株の株価は、午後一時七分から午後一時二〇分ころまで七二〇円前後を推移していたが、午後一時二六分以降は七一五円以下となり、Bが原告に架電した午後二時ころは七一一円から七一五円の間を推移しており、株価は下落の気配を示し、午後三時の終値は七〇五円であった。したがって、株価が七二〇円位に上昇した午後二時ころに原告に電話連絡をした旨の被告の主張は、客観的な株価の推移とは異なるから、Bは、午後二時ころ原告に対し、「いま七二〇円するところを七〇〇円でいいから」と意識的に虚偽の事実を告げたことになる。このように、Bは、自分の判断で見込買付けした井関農機株が下落し、処分できない事態が生じる危険性が高くなったために焦り、原告に株価の推移について虚偽の事実を告げたうえ、強引に井関農機株を購入させたものである。

(四) 無断売買

売買の別、銘柄、数、価格の四要素について、一つでも顧客から明確な指示のない注文を受けることは、証券取引法上禁止されており、顧客の同意を得ずに、当該顧客の計算により有価証券の売買その他の取引などを行なうことは法が禁止する無断売買に該当する(現行の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条一号、八条一号、旧証券取引法五四条一項三号、旧「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条五号)。Bが原告に購入させる意図の下で、前同日午前一〇時ころに井関農機株を買付けた行為は、無断売買に該当する。無断売買か否かは、証券会社の担当者が顧客の計算で注文を行なった時刻を基準として、その時刻に顧客の具体的な指示が存在していたか否かで判断されなければならず、右同日午後二時ころ、強引に原告に対して同株を押し付け、売買成立時刻を午前一〇時に遡らせるような処理は許されない。

また、証券取引法や省令通達にも、事後的な残高承認書に顧客が署名しさえすれば無断売買にならない旨の規定は存在しない。さらに、無断売買によって損失が発生した場合は、証券事故として顧客に対する損失補填が許容される(現行の証券取引法五〇条の三第三項、現行の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条)。

(五) 取引一任勘定取引の禁止違反

有価証券の売買、先物、オプション取引等において、売買の別、銘柄、数、価格の四要素のうち、一要素でも顧客から個別の取引毎の指示を受けずに行なうことができることを内容とする契約を締結することは原則として禁止されている(現行の証券取引法五〇条一項三号、従業員規則九条三項三号)。仮に、原告から、かねて有利なものがあれば案内して欲しい旨の抽象的な依頼があったとしても、原告から右四要素について具体的な指示がない限り、注文を執行したり、原告の計算において買付けをすることは許されない。したがって、原告に購入させる意図で行なった、前同日午前一〇時の井関農機株の買付けは、取引一任勘定取引の禁止規定に抵触し、違法である。

(六) 特別な利益提供による勧誘の禁止違反

井関農機株の見込買付けが原告にとって有利なものであるとしても、特別な利益提供による勧誘は、旧「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条二号(改正後の同省令二条二号)や証券業務に関する規則等によって禁止されており、違法である。これは、一時的に投資家に有利であるかのように装った勧誘が、投資家自身の判断を誤らせ、結果的には投資家に不測の損害を与える危険性が極めて高いことから禁じられているものである。

4 東急株及び井関農機株に関するその他の主張

(一) 特定少数の銘柄の一律集中的な推奨

原告が、東急株及び井関農機株を買付けた当時、被告は、不特定かつ多数の顧客に対し、これらの株の買付けまたはその委託を一定期間継続して、一斉にかつ過度に勧誘した。自社の営業方針に基づく特定少数の銘柄の一律集中的な推奨のように、投資情報を主観的または恣意的に提供することは、投資家の自己責任の原則を侵害するために禁止されているから、自己責任の原則を被告の免責の根拠とすることはできない。

(二) 信用取引の決済期限到来後の対応

東急株及び井関農機株の現引き代金の決済にあたり、資力の点からみて猶予する必要性が全くない顧客である原告について、被告の本社と協議のうえ、担保株式の強制的な処理が長期間猶予されるという異例の対応がされているが、これは被告がBの違法行為に対する責任を認識していたからである。

5 損害

(一) 東急株についての損害

原告が最初に売却を申し出た平成三年五月二九日における東急株の安値は、一三〇〇円であり、原告の東急株四万株が右価格で売り決済されたと仮定して計算すると五二〇〇万円となるから、同年一一月二九日の清算金額三八六六万九六四二円との差額である一三三三万〇三五八円が損害となる。

(二) 井関農機株についての損害

井関農機株について、平成三年一〇月四日に現引き処理がされた際に、原告から被告に対して負担することとなった債務額五一五三万四八八八円と、同株を売却した際の清算額三三四六万四六八二円との差額の一八〇七万〇二〇六円が損害となる。

6 井関農機株の無断売買に関する予備的主張

証券会社の従業員が、顧客の信用取引口座を利用して無断売買を行ない、その結果生じた手数料、利息、売買差損などに相当する金員を顧客の信用取引口座から引き落とす旨の会計上の処理がされたとしても、右無断売買の効果は顧客に帰属せず、右処理は顧客が証券会社に対して有する委託証拠金、売買差益金などの返還請求権に何らの影響を及ぼすものではなく、顧客に右金員相当の損害が生じたものということはできない(最高裁判所平成四年二月二八日判決)から、本件において、井関農機株につき、無断売買と認定された場合、原告は、被告に対し、予備的に、同株についての預託金合計四九〇〇万円の内金として、一八〇七万〇二〇六円の返還を求める。

(被告の主張)

1 証券取引法と不法行為

(一) 証券取引法は「国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ、且つ、有価証券の流通を円滑ならしめることを目的」(同法一条)として制定されているが、これらは右の公益的な目的を実現すためのものであるから、証券会社がこれらの命令または禁止に違反したからといって、直ちに顧客に対する私法上の不法行為が成立するわけではない。

(二) 証券取引法五〇条の三第一項は、証券会社の損失補填等を行政的に禁止し、かつ、同法一九九条一号の六により、その違反に対して刑事罰を課することになった。そうすると、証券会社の明らかな不法行為や債務不履行による損害賠償業務の履行としてこれらを行なう場合にも許されないこととなるので、一定の場合に右の禁止を解除することにしたのが同法五〇条の三第三項とこれに基づく「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条である。したがって、これらは、積極的に私法上の損害賠償業務が発生するための要件を定めたものではないので、証券会社やその使用者が証券取引法一条の定める目的を達するために負っている同法上の義務に違反する行為をしたとしても、直ちに顧客に対する私法上の損害賠償義務を負うものではなく、損害賠償義務が発生するのは、証券会社の行為が不法行為(または債務不履行)を構成する場合に限られる。

2 東急株について

(一) 平成三年五月二九日、原告主張の内容の新聞等の報道がされ、原告がBに対し、東急株の見通しを尋ねてきたので、Bが、個人としての相場感を伝えたことはあるが、その際、「これから株価は必ず上昇します。これからが勝負です。任せてください。」などと述べたことはない。また、Bが、原告から東急株の売却を依頼されたことはなく、原告の売却の申入れを断念させたこともない。

(二) 証券会社は、株式の委託売買においては、顧客の損益にかかわらず、売買代金に対して一定割合による手数料を取得できるのであり、顧客からの買付け注文を断る理由がないのと同様、売付け注文を断ることはあり得ない。したがって、本件においても、原告からの売却の依頼はなく、Bが売却を断念させたこともなかった。

(三) 原告は、証券取引に熟達し、知識経験が豊富であり、売買の判断にあたって、証券会社の営業担当者の話を鵜呑みにするのではなく、これを一つの材料として考慮するだけで、最終的判断は自ら下していた。また、原告は、資金力の豊富さもあって、株価が一時的に下がっても、すぐに狼狽して売却するのではなく、ある程度の期間保有し、株価の回復を待つという傾向の投資家であった。原告がこのような投資家であることからみても、東急株を最終的に売却しなかったのは、原告自身の判断によるものである。投資家は、それぞれの置かれた状況に応じ、自らの判断と責任において、投資の対象、数量及びその時機を決定するのであり、その結果として利益を上げた場合には、そのすべてが投資家に帰属するのと同様に、損失を生じた場合にも、そのすべては投資家の負担となるべきものであり(投資家の自己責任原則)、本件取引においても、この原則を適用することについて何ら妨げとなるものはない。また、原告は、前記報道後の平成三年六月三日付残高承認書に署名したのをはじめ、その後も多数回にわたって、保有証券の残高を書面により承認しているが、これらには、預り証券として東急株が記載されているから、仮に、原告が主張するように、東急株について売却注文を出したにもかかわらずBがその執行をしなかったというのであれば、原告において異議なく残高承認書に署名することはないはずである。

3 井関農機株について

(一) 市場集中義務違反について

本件取引は、大阪証券取引所を通して取引がなされたものであるから、市場集中義務に反しない。そもそも、原告は、かねてよりBに対し、市場間の値段の格差を利用し、株式等を有利な条件(時価よりも安い価格)で買付けられる機会があれば、信用取引の委託保証金が五〇〇万円(株式の買付代金の上限が五〇〇〇万円)の範囲内で、積極的に案内するように要請しており、Bも、原告に大口の顧客となってもらい、販売を促進する意味で、機会があれば案内することを約束していた。本件における井関農機株の買付けは、見込み買付け後、株価が上昇し、買付代金も右条件を満たしていたものである。したがって、本件取引は、原告の要請による、かつ、原告に有利な取引であり、同株に関する原告のその後の損失は、売却時機に関する原告の判断の誤りに起因するものである(前記投資家の自己責任原則)。

(二) 呑み行為及び仕切売買について

証券会社が保有している株式を取引所を介さずに顧客に売ることは許されないが、取引所を通じて行なう場合は許されるのであり、本件取引は取引所を通じた取引であるから、呑み行為あるいは仕切売買に該当しない。

(三) 過度の勧誘行為について

旧証券取引法五四条一項三号、旧「証券会社の健全性の準則等に関する省令」三条七号(現行の証券取引法五〇条一項六号、現行の「証券会社の健全性の準則等に関する省令」二条一一号)は「不特定かつ多数の顧客に対し、当該有価証券の買付け又はその委託を一定期間継続して一斉にかつ過度に勧誘する行為」が規定されているのであって、本件の事案はその対象外である。前記のとおり、原告は、かねてから市場間の値段の格差を利用して株式等を有利な条件(時価よりも安い価格)で買付けられる機会があれば積極的に案内するように要請しており、有利な条件での取引の機会を逃さないようにするため、自分の居場所をBに伝え、必要があればすぐに連絡をするように指示していた。そして、Bが原告に対し、井関農機株を案内した時点で、株価は手数料分をも越えて上昇しており、本件買付けは原告の要請の趣旨に沿う有利な条件によるものであった。したがって、Bが強い口調で強引に勧誘する必要性は全くなかった。

(四) 無断売買について

Bが、平成三年四月五日午前一〇時ころ、井関農機七万株を一株七〇〇円で見込み買付けをした時点において、たとえそれが原告からの要請の趣旨に沿うものであり、原告に購入してもらう意図の下に行なったとしても、未だ、右買付けの法的効果は原告に対する関係においては生じていない。その後、Bは、同日午後二時ころ、原告から電話で右買付けについての承認を得たのであるから、無断売買ではない。さらに、原告は、その後、同年四月八日、右株の買付けのための委託保証金を小切手で支払い、同年五月一四日付残高承認書に署名したのをはじめ、その後も多数回にわたって書面により保有証券の残高を承認し、これらには預り証券として、本件井関農機株式が記載されていることから、原告は、右買付けについて事後的にも承認している。

(五) 取引一任勘定取引の禁止について

Bの平成三年四月五日午前一〇時ころの見込み買付けは、原告との間では効力を生じておらず、井関農機株の買付けは、同日午後二時ころの約定(売買の別、銘柄、数、価格が特定されているもの)により成立したものであるから、取引一任勘定取引に関する原告の主張は失当である。なお、原告が主張する取引一任勘定取引の禁止は、平成四年の証券取引法改正により新たに規定されたものであって、本件取引時において禁止されていたわけではない。

(六) 特別の利益提供による勧誘について

本件買付けは「特別の利益提供」にはあたらず、また、仮にこれに該当するとしても、原告の要請に基づくものであって、原告にとって利益になることであるから、原告に対する関係では違法性がない。

4 信用取引の決済期限到来後の対応について

原告は、東急株及び井関農機株について、信用取引の決済期限日にそれぞれ現引きし、その後、右両株を売却した。その結果、右現引き代金と売却代金及びその他の取引に伴う代金を清算するために、原告は、被告に対して不足金を支払う債務が発生し、平成四年一月二八日までには、同債務が遅滞に陥っていた。しかし、原告が右不足金支払の猶予を求めたので、被告としては、原告の判断による任意の売却を待って円滑に不足金の清算をするべきであると考え、強制的な換価の手段をとることを猶予したまでである。

5 因果関係及び損害の不存在

原告は、東急株及び井関農機株につき、いずれも現実に清算処理がされたときの売却価格を基準にして損害を算定している。しかし、原告は、これらの株式を買付けた後、自らの判断でいつでも自由に、その時々の時価で売却できたのであるから、右両株式買付け後の値下がりによる損失は、原告が、右株式を適当な時機に売却しなかったことに起因するものであって、Bの行為と原告の損失との間には相当因果関係がない。

6 信義則違背

原告は、これまで被告の大分支店との間で、有価証券取引を多数回行ない、その中には利益を出している取引があるだけでなく、被告との取引を全体としてみれば利益となっているのに、損失の出た本件東急株と井関農機株のみについて本訴請求をしていることや、井関農機株については、原告の方から積極的に、本件のような原告にとって有利な取引方法によることを要求していたことなど、本件各取引やその背景となった状況に照らせば、原告の本訴請求は信義則に違背するというべきである。

三  争点

1  本件における東急株及び井関農機株の各取引に関する違法性の有無。

2  原告の被告に対する井関農機株の委託保証金返還請求の存否(予備的主張)。

3  損害の発生の有無及びBの行為と原告の損失との間における相当因果関係の存否。

4  本訴請求が信義則違背となるのか否か。

第三争点に対する判断

一  東急株取引の違法性の有無について

1  前記争いのない事実に、証拠(甲六の1ないし8、八、乙一、二、四、五、六の1ないし14、七、八、一一、一二、一四、一六の1ないし11、一七ないし二一、二三、二四、証人B、同D、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、甲八及び原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分はいずれも採用できない。

(一) 原告(昭和一八年○月○日生れ)は、大分県宇佐市において米麦の集荷業や肥料等の販売を業とする株式会社滝上商店と四店舗を有する日曜雑貨、園芸工具等の販売を業とする株式会社ホームセンターセブンを経営している。

(二) 原告は、被告との証券取引を開始する以前の昭和五五年九月から山一證券株式会社大分支店と取引を開始し、同支店では、昭和六一年三月から信用取引を開始し、また、昭和五六年一一月から大和證券株式会社大分支店と取引を開始し、同支店では、昭和五八年二月から信用取引を、昭和六一年一二月から国債先物取引を、昭和六三年五月からワラント債(新株引受権付社債)取引をそれぞれ開始し、さらに、昭和六一年五月から、山種証券株式会社中津支店と取引を開始し、同支店では、同年七月から信用取引を開始した。

(三) 原告は、被告営業社員のD(平成元年四月入社。以下「D」という。)から投資勧誘を受け、平成元年一〇月一六日、被告の大分支店に総合取引兼保護預り口座を、同年一二月二九日、信用取引口座をそれぞれ開設し、被告を介して株式の現物取引、信用取引を開始した。そして、当初は、Dが原告を担当していたが、原告が、株式の現物取引だけではなく、株式の先物取引、オプション取引、信用取引などについて豊富な知識、経験を有しており、新入社員のDでは十分に対応できなかったことから、Dの上司である大分支店のB営業課長が主に原告を担当することになった。

(四) 原告は、被告との取引開始以降、平成三年二月二一日の東急株の買付けまでの間、被告を介して多数回にわたり、多額の株式の現物取引、信用取引、ワラント取引を行なっており、被告の大分支店にとって、個人顧客としては取引量及び資金量からみて一、二番の大口投資家であった。また、Bは、原則として一日一回は原告と電話連絡して、株式市場の意見交換をしたり、株式売買の結果報告をしていた。このような割合で電話連絡をするようになったのは、Bが三、四日間にわたって原告に電話連絡をしなかったことがあり、これに対して、原告がもっと頻繁に状況を連絡して欲しいと要求したこともその一因となっていた。さらに、信用取引等では、売買の時機が非常に重要であったことから、Bは、原告が外出している際の連絡方法として、原告のポケットベル、自動車電話、携帯電話の番号を教えてもらっており、Bが出張した場合には、出張先から原告に電話連絡していた。また、原告は、被告を含む前記各証券会社が発行している新聞、各証券会社の営業社員からの説明や、ファクスを利用して各証券会社から投資データを入手するなどの方法により、取引に関する情報を入手していた。

(五) Bは、原告に対し、平成三年一月ころから東急株の購入を勧めた。ところで、それ以前の平成元年当時、日本経済新聞が、東急株は浮動株の比率が高い(安定株主の比率が低い。)ため、今後、東急グループ内で株式の持合いが進行する旨の記事を一面で大きく掲載し、これがきっかけとなって株価が約三倍に急騰し、その後、平成三年一月ころまでには、右高値の約三分の一まで下落していた。Bは、右値動きについて、右報道から短期間で株価が急騰したことから、株式の持合いがまだ実現されておらず、下落した時点から現実にグループ内での持合いの動きが出てくる可能性があり、さらに、東急電鉄は沿線に大量の土地を保有しており、これを活用すれば多くの利益が生ずる可能性があるとし、これらのことから株価は再び値上がりするとの相場感を有しており、これを原告に説明した。原告はBの右勧めに応じ、被告を介して東急株を平成三年二月二一日に一万株(一株一五五〇円)購入し、同年二月二五日に右一万株(一株一七八〇円)を売却し、さらに、同年三月六日に二万株(一株一六七〇円)購入し、同年四月二日に二万株(一株一五〇〇円)購入した。

(六) 平成三年五月二九日ころ、新聞等で広域暴力団○○会のC前会長が平成元年四月から一一月にかけ、被告ほか一社を通じて東急株を大量に買い付け、買い集め末期以降に○○会に対して、被告の系列会社野村ファイナンス等が多額の融資をしていた旨の報道がされた。このように、東急株と暴力団との関連が報道されたことは、東急株の値動きに関して悪材料であったから、株価がその翌日には下がることが当然予測された。そのため、右報道がされた直後ころ、原告とBとは、今後の東急株の相場感について数回、電話で話し合った。その際、原告は、Bに対し、早期に東急株を売却するか、それともしばらく様子を見るかの点につき意見を求めたところ、Bは、自己が入手した東急株に関する種々の情報(将来予測)を原告に伝えた。右情報の中には、直ちに売却すべきであるとする、いわゆる弱気の情報と、本件スキャンダルについては東急電鉄自体に問題があるわけではなく、株価が再び持ち直す可能性があるので、直ちに売却しないで値上がりするのを待つという、いわゆる強気の情報があった。原告は、これらの情報を参考にした上、直ちに売却しないで、翌日からの相場の模様を見ることに決めた。

(七) 原告は、平成三年六月三日、東急株計四万株(同年三月六日、同年四月二日買付け分)を含む被告との有価証券等取引残高についての承認書に署名捺印した。原告は、その後の同年六月二四日、同年七月二三日、同年八月八日、同月二一日にも右東急株を含む被告との有価証券等取引残高についての承認書に順次、署名捺印した。その間同年六月二〇日には、いわゆる証券スキャンダルに関する報道がされ、同月二四日には、被告の社長が辞任した旨報道され、さらに、同月二六日には、大蔵省が被告の東急株売買が特定銘柄の集中売買禁止通達に違反している疑いがあるとして調査を開始した旨の報道がされるなど、いわゆる証券不祥事についての報道がされた。その後、同年七月ころ、有価証券の取引によって生じた顧客の損失を証券会社が損失補填した先の企業名などが報道され、そのころから、原告は、東急株が値下がりしたのは被告と暴力団との関係が主因であるとして、被告が、値下がりに伴う原告の損失を補填すべきであるとの苦情を述べるようになった。しかし、被告は、原告からの損失補填要求を断った。

(八) 東急株の株価は、平成三年二月、一八六〇円まで値上がりした後、前記証券スキャンダルの報道直前は一四六〇円程度であったが、右報道の翌日には、一〇〇円程度値下がりし、その後も徐々に値下がりして、同年八月には八〇〇円の安値を付けた。そして、原告が、同年三月六日に信用取引で買付けていた東急株二万株が同年九月六日の決済期限を迎えたが、原告からは、現引き処理をするか、信用取引を維持したままで決済するかの点につき、回答が得られなかったため、被告は現引き処理をした。さらに、同年四月二日に信用取引で買付けていた東急株二万株についても、その決済期限である同年一〇月二日に現引き処理された。そして、このように現引き処理された東急株四万株が同年一一月二六日に売却されて右取引が清算された。なお、東京証券取引所の平均株価は、平成元年一二月二九日に史上最高値の三万八九一五円に達した後、平成二年一〇月一日には二万〇二二一円まで値下がりし、平成三年三月には二万七〇〇〇円台に回復したが、同年九月ころには二万五〇〇〇円台を割った状態であった。

2  前記1の認定事実によれば、いわゆる証券スキャンダルの報道がされた後の東急株の値動きに関しては、前記のとおり、証券業界において、いわゆる強気と弱気の情報(将来予測)が存在しており、いずれの情報もあながち根拠のないものとは断定できず、Bは、このうちの強気の情報に基づく見解を原告に伝えたもので、このことが、顧客を騙したり、もっぱら被告の利益を図る等の目的で行なったものであるとは解されない上、原告には、本件当時までに、信用取引等を含む有価証券取引の豊富な経験があり、また、被告以外の複数の証券会社からも多くの情報を入手していたことからすると、原告は、Bの右見解だけではなく、他の情報も参考にした上で、東急株を直ちに売却すべきか、保有し続けるかを選択できる知識、経験を有していたと解され、しかも、原告は、右報道後も、本件の東急株を含む被告との有価証券等取引残高についての承認書に数回にわたって署名捺印しているほか、原告が被告に対し、東急株の取引について不満を述べるようになったのは、証券会社の損失補填が報道されるようになった以降であることをも併せ考慮すると、株価が騰貴するとの主観的恣意的な断定的判断を被告の営業社員が原告に提供して原告が東急株を売却するのを断念させたことが違法であるとの原告の主張は採用できない。なお、原告は、その本人尋問において、Bが原告に対し、東急株が必ず上がるので絶対に売らないようにと断言した旨供述し、陳述書(甲八)においても同様の記載部分があるが、右供述部分及び記載部分はいずれも採用できず、被告の営業社員であるDの供述を録音した証拠(甲一二、一三の1、2)も、Dが東急株に関する原告の主たる担当者でないことからすると、右証拠が原告の右供述部分及び記載部分を裏付けているとは解されない。さらに、原告は、東急株に関する違法事由として、特定少数の銘柄の一律集中的な推奨と、信用取引の決済期限到来後の被告の対応を主張しているが、東急株が被告に対する特定少数の銘柄の一律集中的な推奨であることを認めるに足りる証拠はなく、さらに、原告の主張する信用取引の決済期限到来後の被告の対応が東急株に関する違法事由に該当するとは解されないので、原告の右主張も採用できない。

二  井関農機株取引の違法性の有無について

1  証拠(甲八、一四の1、2、一五の1、2、乙四、五、六の9ないし15、九、一〇、二三、二五、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、甲八及び原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分はいずれも採用できない。

(一) 原告は、被告以外の複数の証券会社でも、証券取引所間の株価の格差等を利用した有利な取引を経験しており、かねてより、被告に対しても、利益が出る取引や保証金が五〇〇万円以内で有利な信用取引があれば案内するように要請していた。そして、Bも、原告が大口の顧客であることから、原告との取引を継続させるため、以下の取引を案内した結果、原告は、以下のとおりの利益を得た。

(1) 平成二年八月三〇日、日本重化学工業の株式二万株(現物)を一株一九八〇円で購入し、同日、一株二一一〇円で売却し、一九八万二三四八円の利益を得た。

(2) 同年九月一〇日、昭和海運の株式三万株(現物)を一株九七五円で購入し、同日、一株一〇四〇円で売却し、一四四万九三五八円の利益を得た。

(3) 同年一〇月二日、キャノンワラントを一〇〇ワラント(現物)購入し、同日、これを売却し、九七万九三〇五円の利益を得た。

(4) 同年一一月七日、シマノの株式(信用)一万株を一株五〇五〇円で購入し、同日、一株五四〇〇円で売却し、二七五万三四二五円の利益を得た。

(二) Bは、平成三年四月五日午前一〇時ころ、井関農機株の取引高が前日の取引高の三、四倍に達していたので、ほぼ確実に値上がりすると考え、七万株について一株七〇〇円であれば、信用取引の委託保証金がその一割の四九〇万円となり、原告が希望していた委託保証金五〇〇万円以内の取引との条件を満たすので、右取引については原告が承諾するものと予想し、被告の大阪支店株式部に対し、東京証券取引所で井関農機株を別の顧客の分も含め一〇万株を一株七〇〇円で買付けるよう依頼をした。被告の大阪支店株式部は、一〇万株を七〇〇円で購入(右取引所における買付けの成立時刻午前一〇時五〇分)した後、大阪証券取引所に右一〇万株を売りに出し、被告の大分支店が右一〇万株を買付ける方法で被告の大分支店が右一〇万株を保有した。そして、Bは、同日午後一時ころ、東京証券取引所における午後の最初の株価が七二〇円となったのを確認した後、原告が同日午後に大分市内の法律事務所へ行く予定であることを前日に原告から聞いていたことから、右法律事務所(本訴原告訴訟代理人の事務所)に同日午後二時ころ、電話を入れた。そこで、Bは、電話に出た原告に対し、七〇〇円で買付けた井関農機株が現在七二〇円にまで値上がりしており、手数料を支払ってもなお利益が出ているので、七万株を七〇〇円で買付けて欲しい旨要請したところ、原告は、これを承諾した。その結果、右七万株については、被告の大阪支店株式部から原告が購入した形で処理された。Bは、右同日、原告に対し、右七万株について取引が成立したことを報告するとともに、右信用取引に伴う委託保証金の金額とその受渡し方法を確認した。原告は、右信用取引の委託保証金四九〇万円を同年四月八日に小切手を振出して被告に支払った。その後、原告は、同年五月一四日、井関農機株を含む被告との有価証券等取引残高についての承認書に署名捺印し、同年六月三日、同月二四日、同年七月二三日、同年八月八日、同月二一日、同年九月三〇日にも右承認書に順次署名捺印した。

(三) 平成三年四月五日の東京証券取引所における井関農機株の株価は、前場(午前の取引)が、始値六九〇円、高値七一〇円、安値六九〇円、終値七一〇円、後場(午後の取引)が、始値七二〇円、高値七二二円、安値七〇五円、終値七〇五円で一日の出来高は四三五万八〇〇〇株であり、後場のうち、午前二時までの主な株価の値動きは、午後一時七分が七二〇円、午後一時一二分が七二二円、午後一時二七分が七一二円、午後一時四二分が七一七円、午後二時が七一四円であった。また、同日の大阪証券取引所における同株の株価は、前場が、始値六九〇円、高値七〇〇円、安値六九〇円、終値七〇〇円、出来高一〇万一〇〇〇株で、後場が終始七一五円で、出来高一〇〇〇株であった。

2  前記一1、二1の各認定事実によれば、原告は、従来から、Bに対し、利益が出る取引や委託保証金が五〇〇万円以内で有利な信用取引があれば案内するよう要請しており、Bも、大口の顧客である原告との取引を継続させる目的で右要請に応じ、株式あるいはワラントの買付けを原告に案内し、原告にこれらを購入させ、その日のうちに売却することにより、一日で約一〇〇万円から三〇〇万円近くの利益を得させたことが何度かあり、このような過去の取引経過から、Bは、原告にとって利益になる可能性の高い値動きをしている本件の井関農機株を被告の大阪支店が保有する形で見込み買付けした後、株式等の投資時機を逃さないために、ほぼ毎日のように連絡を取り合っていた原告に対し、その前日に原告の行く先として予め聞いていた法律事務所に電話し、電話に出た原告に対して井関農機株の買付けを要請したのであって、このような状況に照らせば、Bの右行為が過度の勧誘行為に該当して違法であるとは解されない。なお、原告本人尋問の結果及び陳述書(甲八)には、Bが原告に対して、井関農機株の買付けを過度に勧誘した旨の部分があるが、原告は、Bから電話で、手数料を支払っても利益が出る取引である旨の説明を受けた上で井関農機株の買い付けを要請されたのであり、このように、原告にとって極めて有利な取引をBが原告に対して過度に勧誘すること自体が不自然であり、しかも原告は、Bからの右電話の三日後に、井関農機株に関する信用取引の委託保証金四九〇万円を小切手で支払っており、その後も、同株を含む被告との有価証券等取引残高についての承認書に複数回にわたって署名捺印していることからすると、原告本人尋問の結果及び陳述書における右供述部分等はいずれも採用できない(前記二1の認定事実によれば、Bが原告に電話をした平成三年四月五日午後二時の東京証券取引所における井関農機株の株価は、七一四円であったが、この点は、同日午後一時一二分の株価が七二二円であり、Bが前記法律事務所に電話をするのに要した時間をも考慮すると、Bが、右電話で原告に対し、株価が七一四円に値下がりしていることを知りながら、ことさら虚偽の株価を告げたとは解されない。)。

3  さらに、原告は、井関農機株の無断売買を前提とする予備的主張をするが、前記二1、2で認定、判示したところによれば、Bが井関農機株の見込み買付けをした平成三年四月五日午前一〇時の時点では、右買付けの法的効果が原告に及んでいるとは解されず、同日午後二時に原告の承認を得た時点で原告が同株を買付けたと解されるので、右取引は無断売買に該当しない。したがって、原告の予備的主張は理由がない。

4  原告は、井関農機株に関する違法事由として、証券取引法、「証券会社の健全性の準則等に関する省令」に基づき、市場集中義務違反、呑み行為及び仕切売買、取引一任勘定取引の禁止違反、特別な利益提供による勧誘の禁止違反、特定銘柄の一律集中的な推奨、信用取引の決済期限到来後の対応をそれぞれ主張するが、証券取引法及び右省令は、「国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ、且つ、有価証券の流通を円滑ならしめることを目的とする」(同法一条)行政取締法規であるから、右法規違反が直ちに不法行為に該当するか否かは、右法規違反の程度、営業社員の加害意思、顧客の取引に関する知識、経験、取引に至る経過等を総合的に考慮して決すべきところ、前記一1、二1で認定した本件に至るまでの原告と被告との取引内容、原告の有価証券取引に関する知識、経験、Bの原告に対する営業活動の態様に、前記一2、二2、3で判示したところを併せ考慮すれば、本件において、原告の主張する右各違法事由が不法行為を構成するとは解されない。

三  結論

よって、本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 安原清藏 裁判官 高橋亮介 裁判官 石井久子)

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